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「触れて、みる」講座のご報告

TCアカデミーで講座を担当させて頂きました。

触れて、見る
触れて、観る
触れて、診る

色々な字を充てられる中で、今回は「触れてみる」。
「触れるを試みる」ことから、始めました。
ともすれば、「触れてもらう側」の変化に目を向けがちですが、「触れてみる側」の変化を観ておくこと、意外と大切です。
それを踏まえていく、初回でした。

そんな中、思惑とは別に、ご参加の皆さんのおかげで気づけたことが、一つ。
それは触れてみると、「応じる身体」とでも言えそうなものが、立ち現れてくること。

「応じる身体」っていうと、

外からの力に、応じる。返す、乗っかる、受け流す。
壊れれば、癒える。
暑ければ、冷える。
人の話が、聴ける。
景色に、心が動く。

例えばこんな応答が、丁度良く出来ているか。
触れることで、垣間見えそうです。

今後も、あくまで施術者の観点から「触れる」を試みるつもりですが、

ヒトの運動発達
暮らしの中の必然的な動き
踊り、祈りなどの文化的所作

などにもヒントを得ながら、歩を進めていきたいと思います。
壮大すぎてビビりますが、何だか面白そうじゃないですか。

道具のラビリンス(迷宮) 書庫

和光大学 関根秀樹先生による「道具のラビリンス(迷宮)」を、ご紹介します。
「道具のラビリンス」は、2014年~15年にかけて、和光大学の学生によって、ほぼ週刊で刊行されていた zine(個人発行の小雑誌) Camel magazine に連載されたものです。

発火具、刃物、楽器、農具・猟具など、数多の道具を介して、ヒトは世界に触れ、自らの身体経験を得てきました。昨今、道具について無頓着でも生活は成り立ちますが、そのせいで何か失っている事はないでしょうか。道具の歴史と実践から、先人の暮らしや知恵を垣間見ることは、身の丈の自信を持つための一助となりそうです。

≪道具のラビリンス(迷宮)書庫≫

第1回「トルコ式コーヒーミル」

第2回「使えないスプーン」

第3回「アール・ヌーヴォーの印璽と紙刀」

第4回「子ども靴の木型」

第5回「旅の携帯コップ 水飲み」

第6回「スチーム・パンクの卵」

第7回「ルーペと火取玉」

第8回「さまざまなものさし 前編」

第9回「さまざまなものさし 後編」

第10回「火をつくるデザイン 摩擦発火具」

第11回「火をつくるデザイン 火打石」

第12回「附木と燐寸」

第13回「砂時計のある風景」

 

≪関根秀樹先生 ご紹介≫

2018年「原始の火を灯す」ワークショップ in岡山

2020年「火と音をつくる」ワークショップ in神戸

動画「ぴよぴよヌンチャクの演奏」

福島県生まれ。文系・理系・芸術系・身体系の多分野を気ままに往還するフリーの研究者&ライター。非常勤講師として和光大学では「火の人間史」と「音響人類学」、桑沢デザイン研究所では「手で考える道具と技術」、多摩美術大学では「絵具実習」を担当し、各地で多彩なワークショップを展開。『焚き火大全』『新版 民族楽器をつくる』『縄文人になる!』『刃物大全』『宮沢賢治キーワード図鑑』ほか数十冊の著書がある。「火起こし世界チャンピオン」「ぴよぴよヌンチャク奏者」などユニークな特技でも知られ、「タモリ倶楽部」や「スコラ坂本龍一音楽の学校」などにも出演している。和光大学空手部顧問。

地球上での間借り生活について。 そして、なぜ「触れる」のかを問い直す。

こんにちは。整体だるま堂の中西です。
コロナウイルス流行によって、生活や心身の状態が一変した方も多いかと存じます。
大変な思いをされている皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

多分に漏れず私も、自分の世界観や、興味の方向性を問い直すことになりました。
これらを問う時間は、整体だるま堂の運営を初め、日々いかに動くか(動かないか)決めるために、どうしても必要でした。

先に申し上げておきますと、今のところ、身近な人の命を失ったわけではありません。
けれど、もし今後、自分や家族の命を感染症で失ったとしても、この世界観と、興味の方向性は大きく変わらないだろう、という位の覚悟はできました。

その世界観というのは、「人間は地球上で、間借りして暮らしている生き物だ」というものです。
また、そこから導かれて、僕の興味は「身体に触れさせて頂くこと。結果として、その人の世界の観え方が少し、豊かになる」という方へ向いています。

「人間が地球上で間借りしている」という観方には、「人間至上主義」との対比から、思い至りました。
この「人間至上主義」という表現は、岩田健太郎先生(医師、神戸大学病院感染症内科)から伺ったものです。

今年4月初めに、凱風館で、内田樹先生と岩田先生の対談を拝聴しました。
(対談内容は、雑誌AERA 2020年4月20日号に収められています。)

世界各地で、HIV、SARS、エボラなどの感染症と対峙してこられた岩田先生。
そのロジックはとても明快で、今回のコロナウイルス流行への対処についても、考えうる状況ごとに、示してくださいました。
感染症予防の見地から、ウイルスに対して無謀な接し方をしないために、とても貴重なお話でした。

また、具体的な対処法にも増して、卓見だと感じたのは、「私は人間至上主義です」という立場を明確にされたところです。
完璧な再現はできませんが、「人間の命が助かるのなら、(現実的には難しいけれど)全てのウイルスが死滅すればよいと考えている」という表現をされました。
また、「だから私は、息子と動物園に行って『パンダかわいいね』なんて言う自分は、偽善者だと自覚している」とも仰っていました。

その立場との対比が許されるのであれば、私には「人間が地球上で間借りしている」ように観えています。
そして、地球が何かしら平衡を保とうとする時、そこに間借りしている人間の命が、儚く失われることもある。
それも最終的には、受け入れようと思います。
地球が平衡を保とうとする現象は、ウイルスの発生に限らず、地震、台風なども含めて考えています。

繰り返しになりますが、これらの現象で、僕は身近な人の命を失ったわけではありません。
実際に誰かが亡くなれば、悲しみに暮れると思います。

また、生きることを簡単に諦めるわけでもありません。
時に厳しく、時に穏やかな顔を見せる自然の中で、生きることを満喫したいと願っています。

このような自らの世界観にあらためて気づき、来し方を振り返ってみると、

平衡(バランス)とは?を問うため、
バランストレーナー 小関勲先生の「大人も子どもも育つヒモトレ」

逆境を生き延びるため、
アウトドア防災ガイド あんどうりすさんの「アウトドア防災講座」

自然と共に生きた先人の知恵を学ぶため、
和光大学 関根秀樹先生の「火と音をつくる」

そして、身近な自然である、自らの身体を知るため、
高橋透先生の「マニュアルメディスン講習会」

を開いています。
その時々で、出会いと直感に任せてお願いしてきましたが、振り返ってみれば、一本の流れに乗ってきたのだと分かります。
そして今後も、この興味の方向性は変わりません。

自分の仕事の軸が、マニュアルメディスンの施術であることも、変わりません。
それも、「症状を無くす」「身体を治す」という方向性ではなく(それらもプロセスや表面上の事柄としては大切ですが)、
「身体が変わる、身体への観方が変わることで、世界の観え方が変わる」、そして「生きることを全うする」という方へ向かいたく思います。

「世界の観え方が変わる」という点では、解剖学者 養老孟司先生の影響を色濃く受けています。
例えば、スタジオジブリ 宮崎駿さんの対談『虫眼とアニ眼』(新潮文庫、2008年)で養老先生は
「自然環境というのは、ものすごいディテールで成り立っていて、いまの人間は、それを完全に無視して生きているということです。」
と仰っています。

この世界の瑞々しいディテールを、ピントを合わせて余さず受け取れる。
そのような身体と感性を磨く一助として、マニュアルメディスンを用いたいと思います。

感染症が流行する世界では、もしかすると、「触れる」ことを躊躇う風潮が生まれるかもしれません。
それだけに、「触れる」ことの真価も問われそうです。
差し出し方にも工夫が必要でしょうけれど、これからも、「触れることで、世界の観え方が変わる」ような経験を目指し、研鑽を続けます。

 

関根秀樹先生「火と音をつくる」 ご報告

人間の原初からのふるまい、火と音。その豊かさを、味わう一日でした。

今日一日、驚きと笑顔に満ちていましたが、その材料は、自然の恵みだけです。あとは、恵みをいただく為の知恵と技術。

これだけ豊かな時間が過ごせるのに、どうして人間は、自然の「外へ」出たがるのか。そんなことも少し、考えました。

鳥のさえずり。木の葉が風を切る音。杵が穀物をつく音。心臓が胸を打つ音。
身近な恵みと工夫で、それらの音を奏でてきた先人には、誇らしさすら感じます。

夜になって雨が降り出した神戸も、昼間は温かい日差しに包まれました。誰かに「やんなさい」と背中を押してもらった気がします。

関根先生、ご参加の皆さん、ありがとうございました。1583583417980

2020年 年頭のご挨拶

あけましておめでとうございます。

日頃のご指導ご厚情に、心から感謝。
そして何より皆様にとって、よい一年となりますように。

今年は、自分の手で何かを作り出す、育てることの難しさを、きっちり引き受けてみたく思います。

徒手療法を介して、新たなバランスを見出す仕事。
身のまわりの物事を、丁寧に作り、育てる暮らし。

まずは鈍くさくても、やってみて、難しさを引き受けて、次の工夫へ。

どうぞよろしくお願いいたします。IMG_-f6kwme.jpg

まるだっこの会11月 ご報告

スリングを習いたいというご希望で、お越しくださいました。
話が盛り上がり、ほぼ同時に「そうだ、スリング練習しよう」と途中から抱っこのお話をしました。最初は泣いていたお子さまが、スリングの抱っこで落ち着いていて「ああ~良かったねえ」とお互いに顔を見合わせているようでした。

そして、抱き方を変えれば上のお子さんも抱っこできることを伝えました。        「抱っこしてあげたかったから嬉しい」と喜ばれていたことが、印象的でした。

その後、お人形でおんぶの練習もしました。
おんぶひもは、「おばあちゃんがお世話するために欲しい」と、購入されたそうです。
背負う時がこわいと感じられていたそうですが、
「握る手を反対にすればいいんだ」と、ご自身で気付かれ、スムーズに背負うことができていました。

私が楽しませてもらいました、ありがとうございます。

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妊婦さんからのご依頼で、スリングをお伝えに滋賀へ行きました。
雪が降る地域なので、雪が降る前にお伝え出来て良かったです。

抱っこのお話をしてから、はじめてのスリングを何度か練習しました。
「また出産後はゼロスタートでお願いします」と笑って言ってもらえたことが、      嬉しかったです。

 

 

まるだっこの会8月 ご報告

出張まるだっこ、「ママノハコ」をお借りしました。お母さんと、もうすぐ2か月になるお子さんがご参加。

2日前に腰を痛めてしまったとのことで、素手の抱っこの方法からお伝えしました。抱きあげるとき、抱きおろすときの姿勢を見直すことをご提案させていただきました。普段、何気ない動作の積み重ねで、体は変化していきます。

抱っことおんぶのお話をした後、へこおびでの抱っこを体験。布が、お母さんの体にピタッと寄り添い、眠そうなお子さまも心地よさそうに抱かれています。晒の使い道、防災についても少しお話させてもらいました。

 

 

そして、お持ちの抱っこひもの調整。産後、お母さんは体を休めるのも大切な仕事です。調整させてもらい、今までよりも快適に過ごせるといいなと思います。

「ママノハコ」主催されている、木村さんも交え、子育てや体のことなどお話することもできました。おうちのようなカフェのような場所で、のんびりと過ごすことができる「ママノハコ」、またおしゃべりしに行きたくなりました。

可動性検査の練習

高橋透先生講習会の復習のため、練習会を月1~2回行っています。

講習会の記録はこちら↓
https://daruma7korobi8oki.com/2019/03/24/

昨日の練習会は、四十代のおっさん二人でした(写真はそのイメージで…)。

「可動性検査」を中心に、3時間。

「可動性」には、関節の可動範囲だけでなく、
相対的に位置関係を変える骨どうしの動きを、すべて含みます。

また、軟部組織の質感や運動方向も、あわせて診ます。
ですから、検査時間は短くても、情報量としてはそれなりに多くなります。

これに、筋力検査と四肢長、問診(目標設定含む)などを
組み合わせて、情報を優先付け、
その人の来し方(履歴みたいなもの)と、現状を知り、
今後の方向性について判断します。
このことを、僕はたぶん、十年前から知っていました。
けれど、「知っていることと、やれることは違う」と
思い知ったのは、ごく最近です。

生きているうちに思い知れて、よかったです。

治療者たるもの、それぞれの価値観のもとで、
皆さま、力を尽くしていらっしゃることと思います。
そんな中で、この講習会・練習会では、十数名の方々と
価値観をともにし、研鑽しています。

練習会も講習会も、まだ新しいお申込みをお待ちしています。

第4回講習会のご案内↓
https://daruma7korobi8oki.com/2019/08/18/高橋透先生「マニュアルメディスン講習会」第4回/
2019年9月28日(土)29日(日)、神戸にて。
(第3回までで、各種検査法、脊柱の筋エネルギーテクニックを学びました。
第4回は骨盤帯を扱う予定)

練習会については、神戸・京都にて随時。
中西宛てにお問い合わせください。

「追っかける」

(ヒモトレフェス2019の補足、のようなもの①)

「追っかける」ように触れる。

このことは、「アクティブタッチ」”active touch”とも表現できます。
(子どもの発達に関わる分野では、この表現が多いです)

「追っかける」の対になる態度として、僕が二つ思い浮かべるのは、

「どうせ、こうなるだろう」
(結果の先読み)

「追いかけさせられる」
(他の誰かが定めた目標などを)

というものです。

そうではなく、内からの衝動、外への必然性があって、「追っかける」。

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この写真の植物は、命というプログラム(内)をもって、日光や水(外)へ向けて、
伸びていきます。

それを観ていると、「私はなぜ、この働きを勝手にやめてしまうのかな」
という問いが立ちます。

その問いを、思弁的にではなく、体でもって、程よく「ふわっと」知れるのが
ヒモトレだと、僕は思っています。
(時として、この「ふわっと」が曲者ですが、さておき)

発案者の小関勲先生が「ヒモトレという名前は外していい」と言うように、
名前や方法以前の、このような態度や構えを、僕は大切にしたいです。

今回のヒモトレフェスでは、

向かいの人と、指先どうしを合わせて、向かいの人がしゃがむのを「追っかける」。
四つ這いになって、背中に人を乗せ、乗った人が動くのを、背中で「追っかける」。

という経験を、ヒモの有り無しで比べてみました。

ヒモがあると確かに、「追っかける」のが滑らかになるし、
「追っかけてもらう」側も、動きがより自由になります。

そこから、「では、どうすれば…」という、それぞれの工夫が始まれば、
とてもありがたいです。

ちなみに今回、「追いかける」という余所行きの言葉ではなく、
「追っかける」という言葉を選んだのは、
マニュアルメディスンをご指導くださる高橋透先生の影響です。

検査・施術においても、現象を「追っかけていく」態度が求められるのですが、
透先生が山形弁をまじえて「追っかける」という言葉をおっしゃる時、
何とも言えず心地よい、勢いを感じるのです。

以上、今回試みたことと、その背景、そして出典(?)でした。